神奈川県鎌倉市のJR大船駅前の一角にたたずむ「和酒bar Tae」。暗めの店内に設置された間接照明の柔らかな明かりが、各地の銘酒と店主の渡辺妙子さんがつくる小料理を浮かび上がらせる。「お客さんはやっと以前の7割程度まで戻ってきたかな」
2年弱、新型コロナウイルスに振り回された。最初の緊急事態宣言が出た2020年春から、休業や酒類の提供自粛が要請されるたびに店は休んだ。21年10月中旬にようやく再開した。
その間、新たに取り組んだことがある。店の電気を再生可能エネルギー(再エネ)に切り替えたことだ。
「気候変動で魚の生態や農家の作物に影響が出ると、普段から聞いていた」
コロナ禍で、地球のことを考えなければ、くらしていくことはできないと、改めて思い知った。休業で詳しく調べる時間が生まれ、毎日使う電気も見直そうと考えた。
店を支えるのは、再エネ実質100%の電気を扱う「ハチドリ電力」(福岡市東区)。代表の小野悠希さん(26)は、ビジネスで社会問題の解決をめざす「ボーダレス・ジャパン」(東京都)に就職した18年から1年間、ミャンマーで農家の支援事業に携わった。
帰国後、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさん(19)をニュースで知った。自分と同じ、未来を担う若者が気候変動は人類の存続に関わる「気候危機」だと訴え、世界を大きく動かそうとする姿に感銘を受け、小野さんも勉強を始めた。
「気候危機はもう手遅れだという専門家の意見もあった。そんな状況で、自分には何ができるだろうか」
考えた末、国内で出る温室効果ガスの約4割を占める発電からの排出を減らそうと、ハチドリ電力を立ち上げ、20年8月から電力の提供を始めた。「人生をかけて再エネの普及に取り組む覚悟を決めた」と話す。
新型コロナのパンデミックは、人間と地球のつきあい方を、改めて振り返るきっかけとなった。私たち人間はこれからも地球で、持続的に、くらすことができるのだろうか。地球規模のさらなる脅威「気候危機」は現実のものとなっている。
広告宣伝費を抑えることで、値段設定も低めにし、料金の1%は社会課題の解決に取り組むNPOなどへの寄付に、もう1%を、再エネの普及に充てる。昨冬には寒波で電力需給がひっ迫。本来なら利用者に電気代金のしわ寄せが行くはずだったが「環境のために一歩を踏み出した人を大切にしたい」と、自社で負担を被った。
名前の由来は南米の民話にある。
森で火事が起き、多くの動物が逃げる中、1羽のハチドリがくちばしに水を蓄えて運び、必死に火を消そうとした。「そんなことしても無駄だ」と冷ややかな動物たちに、ハチドリは言った。「私は私にできることをしているだけ」――。
民話はそこで終わる。
でも、小野さんはその先を考えた。
「小さなハチドリだけでは無理かもしれないが、ハチドリの姿に心を動かされた他の動物たちが協力して水をかけてくれれば、火事は消えるかもしれない」
個人が電気を再エネにしたところで、影響は小さいかもしれないが、その姿をみた他の人々が追随したらどうか。気候危機に対しても、このハチドリのような精神で取り組みたい。名前にはそんな思いを込めた。
小野さんは言う。「個人ができることには限界はある。それでも、ベターな選択を積み重ねれば、きっと社会は変わるはず」。企業や個人からの問い合わせは、今も相次ぐ。21年末、契約は5500件を超えた。
20年10月、政府が温室効果ガスの排出を50年に「実質ゼロ」にすると宣言。国内外で、コロナ禍からの復興に気候変動対策を盛り込む動きが広がる。経済産業省の担当者は「投資家の要求もあり、脱炭素はサプライチェーンにも要求される。再エネのニーズは増えていく」と話す。
年の瀬の千葉県匝瑳(そうさ)市。同社などが所有する太陽光発電所のパネル下にある畑で、大麦の種がまかれていた。約半年後には大きく成長し、実りを迎える。
脱炭素に向けて石油業界でも動き
コロナ禍からの復興と併せて…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル